薬品と恋心
月の光のもとではティアのわずかな変化に気がつかなかったのか、仮面の男は話を続ける。
「もういい加減帰ってくる頃合いだったのですよ。貴女がいてくれて嬉しく思いますよ。…おや」
仮面の男は何かに気がついたように首を少し傾けてティアの後ろに顔を向けた。
「王子様の登場のようですね」
(王子様…?)
ティアは仮面の男の視線を追ってゆっくりと振り返った。
ガラスの向こう側にいる人物が目に入り、ティアの瞳が見開かれる。
(ジーニアス…!)
ジーニアスもティアに気づいたのか、こちらに来ようとテラスへと続くガラス扉に向かっていく。
「今宵は舞踏会です。一夜限りの願いでもかなうかもしれません」
ふいに耳元で声が聞こえてティアは顔をそちらへ向けた。
仮面の男の顔が驚くほど近くにある。少し寄せれば頬がつくのでは、と思うほどだ。
「もしかしたら、貴女の探し人は以外と近くにいるかもしれませんよ。…では」
仮面を軽く持ち上げてティアに微笑むと、仮面の男は身をひるがえして去っていった。