薬品と恋心
「…知っているかしら」
月を見上げながらレティシアは口を開く。
「女は幸せでも不安に感じることがあるってことを」
「幸せなのに、不安…?」
意味がわからず聞き返すと「ええ」とレティシアはうなづいた。
「あの子の場合は特にそう。持っているものがなにもないことはあの子自身よくわかってる。あなたの周りには名家の令嬢たちがいることも。その令嬢たちを差し置いて選ばれた…いえ、あの場では強引にそうせざるを得なかったこともよくわかっているのよ」
あの場、とは初めて王都の夜会にティアを連れて行ったときのことだ。
ティアは探し人を見つけ出すためあの場に行ったのだが、こちらの思惑としてはティアを自分の思い人として紹介するためでもあったのだ。
自分としてはティア以外と結婚するつもりは初めからなかったが、あの時のティアはまだ自分に好意を寄せていなかったし、婚約者に縛られたくないために仮の思い人としてティアを連れて行ったのだと思われても仕方がない状況だった。
「それに…まだ問題があるでしょう」
「…ああ」
それはわかっている。ティアは今はまだ本当の婚約者とは言えない。それがさらに不安を煽るのだろう。
後ろ盾もない自分より他の令嬢のほうがふさわしいのではないか、と思うのは当然のことだ。
しかし、それは間違いだ。ティアを手に入れるためにも今、動いているのだから。
「…あの子の手を放さないで」
私はそれができなかったから。とでも言いたげな憂いを帯びた瞳を一瞬見せたあと、レティシアは静かにドレスを翻して去っていった。