薬品と恋心
ーまさか。
紳士の髪色は幼い日にみた赤銅色。
視線はこちらに向いてはいない。
「…ティア?」
ぽそりと口の中でつぶやかれた言葉と共に、カウンター側にあった視線がゆっくりとこちらに向けられた。
ややクセのある髪がふわりと揺れ、端正な顔があらわれる。
(…ジーク!?)
一瞬、幼い日に見た光景が頭をかすめ、鼓動がひとつ跳ねた。
(…なんて、そんなはずありませんね)
浮かんだ考えをティアはすぐさま打ち消し、大きく息をはいてから顎に指を当てて冷静に考える。
ジークは貴族だし、こんな薬草店になど来るはずはない。
しかも、ここは王都から遠く離れている。
ジークは王都に戻るティアに「すぐ会える」と言っていた。それはつまり、いずれ自分も王都に帰るということなのだろう。
もし、社交場で会えるといった意味だったとしても、王都に帰ることには違いない。
普通に考えて、こんなところにジークがいるはずもない。
それなのに同じ髪色を見るたびに反応してしまう。
赤みがかった髪なんてこの国ではべつに珍しくもない上、そもそもティアはジークの成長した姿なんて知らないのだ。
7年もたっていれば、面差しもきっと変わっているだろう。
目の前にいる彼がジークだという証拠などない。