躊躇いのキス
 
金曜日はすぐにやってきて、
いつもは行きも帰りも仕事用でスーツ出勤をしていたけど、
今日だけは私服をもっていって、仕事帰りに着替えた。

一本に束ねていた髪もほどき
てぐしで整える。


待ち合わせの駅へ向かうと、そこにはもう雅兄の姿があった。



「遅い」
「え、あ、ごめんっ」
「嘘」


第一声が、不機嫌な声だったので慌てて謝ったけど、すぐにそれはイタズラな笑みへと変わる。


「髪、おろしてきたんだ?」
「うん……。だって……」
「俺が、そっちのほうが好きって言ったから?」


分かり切っているのに、あえてそんなことを聞いてくる。

照れくさくて、目を逸らすと、


「……そうだよ」


と、少しすねた口調で返してやった。


全部全部雅兄のため。

オシャレも時間もお金も、
雅兄のためだけにある。



「可愛いじゃん」

「……」



ほら、その一言が聞けるから
あたしはこんなにも一生懸命になれるんだ。
 
< 126 / 203 >

この作品をシェア

pagetop