躊躇いのキス
 
「宮入さん、そろそろいいよ」
「あ、はい」


5時半を回ったころ、店長の声掛けがかかって今日のお勤め終了。

早番だったので、本来は5時までの業務。
でも30分くらいズレるのはいつものことだった。


控室に行って、プレートを外して。
コートを羽織って荷物を手に取った。

ふと、ロッカーの鏡にうつる自分の姿に目をやると……



「ひどい顔……」



思わず、自分に突っ込んでしまいたくなるくらい、あたしは死んだ魚のような目をしていた。


少し前までは、雅兄の仮の彼女になれただけで幸せだった。
いつか正式な彼女になる日がくると信じていたから……。


だけどもう、そんな日は来ない。

雅兄の正式の彼女の座は、もうすでに人のものだから……。


「お疲れ様です……」


店長に一言挨拶をして、店を出た。



「あ、雪……」



外に出て驚く。

空からは、白い雪が降り注いでいた。
 
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