AfterStory~彼女と彼の話~
私は編集部を出ようと、踵を返す。

「待って」
「はい?」
「読んだら破棄して」
「分かりました」

荒木編集長に声をかけられ振り向くと、A4サイズの紙を一枚差し出されたので受け取り、荒木編集長はまた紙の束に目を通し始めた。

「荒木編集長、この伝票ですけど」
「だから伝票は後だって!こっちが先だ」
「私は荒木編集長に話をしてるんです!」
「ちゃんと話すし、2人とも後。仕事をしてるから、今は静かにして。集中できない」
「……」
「……」
「えっと、私は総務課に戻ります。失礼します」

荒木編集長のマイペースぶりに苦笑しつつ、改めて編集部を出て、廊下で渡された紙を読む。

『水瀬、風邪引いた』

A4サイズの紙の一番下の部分に書かれていて、思わず「文字が小さい」とか「紙の無駄使いだよ」と突っ込みを言いたい所をグッと我慢する。

やっぱり幸雄さんは体調を崩しちゃったんだと思うのと同時に、荒木編集長よりも先に私に連絡して欲しかったなと、胸がチクッと痛んだ。

私なんかより荒木編集長や姫川編集長、高坂さん達の方が付き合いが長いし、大切な友人だからと理解出来るけど、恋人としては頼って欲しいのは我が儘かな。

 (ほら、お得意のネガティブ思考が始まる)

「いけない、いけない。出来ることを考えよう」

A4サイズの紙を小さく折りたたみ、ジャケットのポケットの中に入れて総務課に戻った。

お昼休みは総務課恒例の恋話時間で、『恋人が風邪を引いたら』という、何ともタイムリーな話題である。

「弱っている彼を看病するのって、良いよね。普段は甘えてこないから、くすぐったくなるし」
「僕はお粥を手際よく作ってくれる姿を見ると、かなりグッときます」
「私は逆で、彼が作ってくれるのがいいかも。星野さんは、どっちがいい?」
「私は甘えてくれたら、嬉しいです」
「やっぱりそうだよね~」
「あーん、とかしたいです」
「私も!やりたいし、されてみたい!!!」

次から次へと皆で看病シチュエーションについて盛り上がり、お昼休みの時間はあっという間に過ぎた。
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