意地悪姫の反乱


ティア姫の私室は広い。
姫の私室なのだから広いに決まっているが特にこの姫の部屋は装飾がシンプルで余計なものが一切置かれていないので余計に広く見える。
この姫の部屋で唯一飾りとなるのは部屋の端々に飾られている薔薇くらいだ。
華美な装飾を嫌う姫が黙って色とりどりの薔薇を飾らせているのはやはり姫も薔薇は好きなのだとハリス隊長は密かに思っている。
実際姫も薔薇には危害を及ぼさない。

ハリスは部屋の隅のドア近くに立ち、黙って二人を見守っている。



「お茶をもう一杯どうぞ、ジュリアさん」

「有難う、でも何だか申し訳ないわ。ティア様自ら入れて下さるなんて。召し使いは
いらっしゃいませんの?」

「メイドは忙しいのです。用がなければわざわざ呼ばないの。お茶くらい私だって入れられるもの。
自分で出来る事は自分でするの」

「まあ、素晴らしい御心掛けですこと」

「お姫様だって出来る事は沢山あるのよ?どこかの皇子と結婚するだけが義務じゃないの。沢山勉強して国を守る事だって出来るわ」

「姫様の夢ですね。素晴らしいです」

「お菓子もあるの。貰い物だけどどうぞ?」

「有難う」

「私籠の鳥で世間知らずだから今は本や聞いた話でしか世界の事は知らないけれど、いつか城の外へ出て直に世界を見知りたいわ」

「姫様なら出来ますとも」

「そのまえにジュリア様に色々教えて頂きたいことがあるの」

「まあ、何でも聞いて下さいな」

「じゃあねえ…」

なぜだか姫様の目がキラリと光る。

「ジュリア様はどうしてこの城にいらしたのでしょう?」

「それは旅行ですわ。世俗の疲れを洗い流してこいと言われまして」

「目的はあるでしょう?お仕事は何?」

「まあお仕事なんて。ちょっとしたスパイ活動ですのよ?この国の情報を欲しがる方がいましてね」

ぺろりと仕事内容をはいてしまったジュリアは驚いて口を押さえる。

なぜ?口が勝手に?そんな馬鹿な…?

「組んでいる方がいらっしゃるでしょう?何者ですか?」

「そんな、組んでいるなんて。グルエリ卿は外交でこられているのです。仕事がやり易いようにいくつか情報を流しましたが」

口を開いたとたんにぺらぺらと言葉が漏れ出てジュリアは焦った。

どうなっている?私の口。何故こんなに滑るのだ?

「なるほどねえ。情報って高く売れるの?」

「それはもう。重要な情報ほど高く売れるものですよ。そこはもう取引の腕に尽きますね」

「この国の情報は高く売れそう?」

「それを欲しがる方々によっては価値が高くなるのですよ?」

「どんな情報が入ったのかしら?」

「それは…」

だらだらと嫌な汗を出してジュリアは自分の口を押さえる。

ダメだ、これ以上、話してはいけない。

身の危険を感じたジュリアは席を立ち、ベランダ側に下がる。

「ジュリア様、駄目よ。ここ二階なんだから逃げられないわよ?」

口を押さえたままのジュリアは首を横に振る。
ジュリアの目には最早純粋な姫は悪魔の手先と化していた。

一つしかないドアの側には哀れな視線をジュリアに送る騎士が立っている。

ーーーなに?なんなの?どういうことよっ?

ともあれあっさり口を割ってしまったジュリアはもうここには居られない。
スパイとばれてしまった以上捕まれば処分は免れない。

「どうせ捕まれば口を割らされるわ。そうそう、最後に一つ個人的な質問だけど、お馬鹿な田舎騎士の味はどうでした?」

「刺激一つもない詰まんない味だったわ」

ジュリアはベランダのガラスを突き破って外へ飛び降りた。



ハリスはベランダから逃げたジュリアの所在を捜す。
勿論ベランダ下の木々の間にも兵隊を配置していた。見つければすぐに捕まえるだろう。
ガラスの音を聞いて外に配置していた兵が部屋に入ってきたので直ちにスパイを追えと指示を出した。

ハリスは割れたガラスを片付けながら動かない姫の様子を窺う。

「姫様、怪我などしておりませんよね?」

「……してないわ」

「姫様が調合された新薬、大した効き目でしたね。凄いペラペラ喋ってましたよ」

「……そうね、余計なことまで聞くんじゃなかったわ」

「……ええと、人には好みと言うものがありましてね、一概に個人的感想と言うものは案外頼りないものでしてね」

「煩いわよ、黙んなさい」

「……ハイ」



その後、他の警備兵とも協力体制をとり、スパイの捜索を行ったが結局ジュリアは見つからなかった。
あの状況下でどうやって逃げたものか、流石はスパイと言うところだ。

「荷物は全部置いていきましたから重要な書類などは無事だと思いますがスパイがどの程度情報を掴んでいたのかが問題ですね」

「パーティーの席でそんな難しい話はしないと思うけど。他国がスパイ使ってまで知りたがる情報って何なのかしら?」

「……うーん、そうですねえ」

ちょっとヤバすぎる薬を調合するお姫様の情報なら結構重要かもしれない。
ならば目下姫の師匠とされる魔法使いの情報が重要か?

「何にしろ他国のスパイはまた現れるかもしれない。警備強化は必要ですね」

特に白薔薇姫の周囲とか。

「グルエリ卿はどうするのよ?」

「彼は外交官ですよ、滅多なことは言えませんし今回外交手段として情報を買ったかも知れませんが証拠がありません。
スパイが消えたことでなにかを感じとるかもしれませんが」

「スパイの噂を流したら仕事だけしてとっとと帰るんじゃないかしら?」

「そうですね、下手に勘ぐられる前にトンズラするでしょう」

「ーーーそれで、ルウドは……」

「…時間が解決するのを待つしかありません。なにも言わず暖かく見守っていてあげましょう」

「……」












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