星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】
彼女が失った大切な人は、彼女の姉で……
心臓病を患っていたという。
彼女のお祖父さんからも聞いていた情報なのに、
百花ちゃんの言葉ときいた時から、妙な鼓動が響き渡る。
車のナビに登録されているフォルダーを開いて、
遠い昔、彼女の演奏を録音した音源を引っ張ってくる。
理佳がお遊戯室と呼んでいた部屋で、
こっそりと携帯に録音した隠し撮りの音源。
演奏の合間に、今は聴くことが出来なくなった理佳の声が聴こえる。
*
「なぁ、これってこんなにおたまじゃくしなかったよな」
「次、愛の挨拶録音するから、また黙ってて」
*
ガキの俺の声が聴こえて、理佳の声が響く。
そして演奏が始まる懐かしい時間。
窓の外に、百花ちゃんの姿をとらえて
悪いものを封印するように、慌ててそのフォルダーを閉じて
別の曲を車内に響かせる。
「託実さん、お待たせしてすいません」
そう言いながら助手席に再び乗り込んでくる百花ちゃん。
「お帰り。
お姉さんとは、ゆっくりと話せた?」
「はい。
いつも私の心が整頓できたら、
託実さんにもお姉ちゃん紹介しますね」
「有難う。
んじゃ、いつものようにアメジストホテルに行こうか?」
「はいっ。
私、お腹すいちゃいました。
今日、お昼ご飯殆ど取れなくてスティックバーを半分かじっただけなんです」
「じゃ早く行かないとね」
そんな会話を交わしながら、
車は通いなれたホテルへと向かう。
今はゆっくりと……
彼女に呼吸をあわせるように、
寄り添っていく。
百花ちゃんと過ごせる時間が、
俺にとっては、唯一心が許せる
そんな時間になっていることに気が付けたから。