星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】


「初めまして。
 亀城託実です」

「久良木凛華(きゅうらぎ りっか)よ。
 凛華で呼んでもらって構わないから。

 裕真に聞いた。
 少し出掛けるんでしょ。

 彼女の車も地下の駐車場に、
 裕真に言われるままに止めておいた。

 これ鍵、先に返しておくわね。
 失ったら困るでしょ」


そう言うと彼女は、
俺の前に車の鍵をぶら下げて
掌の中へと落とす。


受け取った鍵を、百花の鞄の傍へと置いて
俺は自分のデスクのメモ帳を取り出してペンを走らせる。





百花へ

少し出掛けてくる。

ここは俺の家だから
ゆっくりしてるといいよ。

帰ってきたら、
これからのことを話し合おう。


百花一人だと不安になるかもしれないから、
部屋の中に、裕真兄さんの恋人がいる。

凛華さんって言う名前らしい。
俺も今日初対面。


託実





書き終えると、彼女の眠る寝室の
ベッドサイドのキャビネットに、メモを添えた。

部屋を出る間際、
眠り続ける百花の唇に
優しくキスを残して。



……行ってくるよ……。



寝室の扉を閉める頃には
兄さんもまたお茶を飲み終えている。


「じゃあ、そろそろ出掛けようか。託実。
 凛華、後は頼んだよ」

「わかってる。
 ちゃんと見てるから」


凛華さんは、ソファーから立ち上がると
玄関まで俺たちを送り出してくれる。



「部屋にあるもの、使っていいんで」

「有難う。
 後で、お風呂かして貰うね。
 今日、ロケがあったから少し髪が埃っぽいんだよね」

「使ってください」

「うん。適当に借りるよ。
 ほらっ、二人とも行ってらっしゃい」


そう言って送り出す凛華さんの言葉を最後にドアがゆっくりと閉まる。


内側からカチャリとロックをかける音が聴こえて、
兄さんの車、運転手付きのリムジンへと乗り込む。


『神前まで戻って。
 後は戻って構わない』


運転手に小さく告げると、
車はゆっくりと動き始める。


車内にはシーンと静けさが広がり続ける。


裕真兄さんに連れられるまま、
俺自身が向かうのは、
ずっと保管し続けてくれていた、理佳の病室。

俺と理佳が初めて出会った場所。
そして理佳が最期に旅立った部屋。


今も忘れることが出来ないあの場所……。
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