星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】
何とか一週間のツアー同行を終えて、
帰宅した俺は、そのままスタジオ作業・夜のAnsyalの練習、
俺自身の単独練習と、今までの時間を取り戻すかのように活発に動き始める。
百花の方も喜多川会長の画廊に顔を出したり、
絵を描く為にキャンパスに向かったりと、いつもの生活を取り戻した。
そんなある日、スタジオ作業中に
俺の携帯が着信を告げる。
液晶画面に表示される名は雪貴。
雪貴からの電話に、宝珠姉さんに聞いた留学の話題かも知れないと
心を決めて電話を受ける。
「もしもし」
「託実さん、雪貴です。
今、少しいいですか?」
雪貴の声を受けて、
作業スタッフに指示を素早く出すと
防音ドアを開けて、部屋の外へと移動した。
「悪い、指示出して来たからいいよ。
どうした?」
「今日、理事長室に呼び出されました」
理事長室=一綺兄さんに呼び出されたと言うこと。
留学と言う文字以外にも、脳裏に浮かぶのAnsyalの活動。
兄さんたちが上手く動いてくれているとは思うが、
念のためにその話題に触れる。
「呼び出されたって今更、叱られたか?
Ansyalのバンド活動無断でしてたから」
「それは大丈夫ですよ。
それに理事会から注意受けてるなら、
とっくに受けてますって。
それに今の理事会、裕先生たちの姿ありましたよ」
「あぁ、そっか。
兄さんたちが居たらうまく立ち回ってるよな。
そしたらどうして呼び出されたんだ?」
雪貴との会話のやり取りで、留学話題が確実に浮上するものの
俺は何も知らないように、平静を装った。
「一年間……。
ウィーン留学の話が出たんです。
来月からウィーンに渡って九月から一年間。
去年、ピアノコンクールに出ましたよね。
あの時に、目をかけてもらったみたいで」
「一年か。
雪貴、お前はどうしたいんだ?」
「俺は……俺は……行きたいです。
託実さん」
そう言った雪貴の言葉に、俺は背中を押すように
兼ねてから用意していた言葉を送る。
多分、隆雪も相談されたら一番送りたかっただろう言葉を……。
「なら迷うことないだろ。
活動停止中のAnsyalだ。
あと一年、それぞれが自分のスキルアップに
時間を使っても問題はない。
違うか?
問題なのは、今すぐにAnsyalを
再開することじゃない。
隆雪の死を乗り越えて、想いを受け継ぎながら、
決して留まらない進化するサウンド。
ファンを飽きさせない、絶望させないことだ。
新生Ansyalも、いいバンドだって思って貰える
そんなサウンドを作り上げる。
それが今の俺たちに与えられた課題だ。
その留学が雪貴を成長させてくれるものなら、
一年なんて長くはない」