星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】
雪貴が戻ってきたステージで
演奏するのは、「光射す庭で」。
隆雪への俺たちからの想いが
沢山詰まった一曲。
そしてそのまま地方公演ファイナルも無事に終えて、
そのまま車に乗り込んで、俺たちは住み慣れた街に戻っていく。
一度、事務所に戻ってメンバーそれぞれが解散。
俺の愛車に乗り込んで病院まで移動する。
理佳が旅立った命日は明日……。
出来れば……この時期に、
あの場所は立ち寄りたくないなっと言う想いと
隆雪に報告したいと言う想い。
2つの想いを天秤にかけながら、
その場所に踏み込んだ。
その場所で知らされたツアー中の空白の時間。
雪貴にとってのドセンの女神は、
隆雪と雪貴の一件を知って、体調を崩して百花ちゃんによってこの病院に運ばれた。
入院が決まったにもかかわらず、逃げ出そうとして階段から足を滑らせて転倒。
そのまま記憶を喪失すると言う形で、
今に至っているのだと兄たちは情報を提供してくれた。
Ansyalの秘密が深く関わる人となってしまった唯香ちゃん。
雪貴は、隆雪の病室に顔を出した後、すぐに唯香ちゃんの病室へと足を運ぶ。
彼女にとっての雪貴は、AnsyalのTakaではなくて
学校の教え子。
ピアノコンクールの為に必死に演奏を練習する一人の生徒でしか存在しなかった。
そんな唯香ちゃんに寄り添う様に、
雪貴は教え子としての自然な形で唯香ちゃんと接し始める。
唯香ちゃんの心の中に、雪貴がTakaとしてあり続けるのも
彼女が事実を知って、苦しみ続けるのも耐えられない。
記憶喪失。
この形が最善なのかどうかなんて、わかるはずもないが
それでも暫くは、この二人の行く末を間見守っていこうと俺の心を決める。
二人の病室を出て、院内の廊下を歩いていると
視界にスーっと入り込んでくるのは理佳。
そんなはずはないと慌てて目を擦って、
再度、目の前に視線を向けるとそこには、
最近気になって仕方がない百花ちゃんの姿があった。
「託実……さん」
思わず百花ちゃんが俺の名を呼ぶ。
「百花ちゃん……」
「ツアー終わったんですね」
「昨日の仙台で地方は終わったかな。
後は31日のFINALを残すのみだよ」
「そうですね」
「百花ちゃんはどうしてここに?」
百花ちゃんがこの場所に居る理由。
それは多分……唯香ちゃんだと推測はするものの、
彼女の姿が理佳と重なるデジャヴに思わず問いかける。
「あぁ、今ここに唯香が入院してるんで。
お見舞いです」
「そうなんだ……唯香ちゃんが入院。
お大事に」
そんな当たり障りのない言葉を交わして、
スマートに去り方を意識しつつ、
心の中では逃げるように、
その場所を後にして理佳が使っていた病室まで走り続ける。
もうプレートもずっと昔に外されたその部屋のドアをあけて、
俺が入院している時に使っていたベッドへと倒れ込む。
狭いベッドに寝転んで、仰向けになりながら
アイツが使っていた、誰も居ないベッドへと視線を向けた。