星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】
「喜多川百花です。
今日は託実さんのお招きでお邪魔しました」
「百花お嬢様もどうぞごゆるりと」
そう言って退室しようとする佐喜嶋さんに、
黙ってた託実が声をかける。
「すいません、佐喜嶋って……
もしかして怜さんの御身内の方ですか?」
「亡くなった怜は、私の甥っ子になります。
それでは、どうぞごゆるりと。
19時に展望レストランでお料理を用意しております」
そう言うと今度こそ、総支配人は出ていった。
二人だけになったホテルの一室。
ベッドに腰を掛けながら、
妙な緊張感が走る。
「百花ちゃん、緊張しなくていいよ。
何もしないから」
心配かけないように言われたはずの託実の言葉が、
妙に寂しさを感じさせる。
何もしないって……その言葉が、
不安にさせる時もあるって、託実さんは知ってますか?
託実さんとキスをしたいと憧れる心。
託実さんをもっと感じたいと、疼く体。
だけど託実さんは宣言通り、本当に何一つしなくて
ホテルでベッドを前にしながら、時間だけが過ぎていく。
話してくれるのは、
さっきの総支配人の甥っ子さんが、有名なギターリストで
その人に託実さんは沢山お世話になったんだと、私の知らない昔語りをしてくれた。
託実さんだけじゃなくて、
Ansyalのメンバーの殆どがお世話になった偉大な人。
佐喜嶋怜さんと言う名のギターリストの会話をする託実は、
何時もの落ち着いた託実じゃなくて、
少年みたいな幼さの見え隠れする託実。
ディナーの時間まで、託実の昔話を聞いて
その後は、展望レストランへと向かう。
展望レストランでも託実と私はVIP待遇で迎えられて、
もう少し陽が落ちると夜景が凄く綺麗なんだろうなと思える
一室に案内される。
順番にゆっくりと運ばれてくる、
フランス料理は凄く美味しくて、
シャンパンを乾杯して、ゆっくりと食事をすすめる。
陽が落ちて、イルミネーションが灯って
眼下は別世界を映し出していく。
食事を終えて、ホテルの部屋へと戻ると
託実は、フロントに電話をしてタクシーを一台頼む。
タクシーが到着すると、託実と共に乗り込んで
自宅マンションまで私を送り届けると、
タクシーの中で、携帯のメールアドレスも交換して別れた。
次に逢う約束を取り付けて別れる
最初のデートの日。
託実の乗るタクシーが見えなくなるまで手を振りつづけて
私は自分のマンションへと戻った。
あんなにも遠い存在だと思ってた託実が
傍で感じられるほど、
私はもっともっと、高望みをしてしまう。