無理して笑うな
撮影のための衣装に着替えも済ませ、拓真君や監督と打ち合わせ。
「桜は陸を想って泣いてる。そこにこうして、陸が走ってくる。桜は素直に抱きしめられるんだけど、それでも気持ちは素直になれずに拗ねた口調。
いいね?」
「「はい。」」
拓真君と声が重なったことで、監督は嬉しそうに笑った。
「うん。君達と撮影出来て、嬉しかったし楽しかったよ!もちろん他の人達もね。最後、頑張ろう!」
監督は、あたし達の緊張をほぐしてくれようとしたんだと思う。
笑顔でウインクしてくれた監督に、あたしと拓真君は自然に笑顔になった。
「唯、頑張るのよ!」
「唯、応援してます。頑張レ!」
栗田さんとウィリアムも、笑顔であたしの頭を撫でた。
「あのー、もう子供じゃないんだけど。」
「そんなの知りまセーン。唯は可愛い子デース。」
「それでは撮影入ります!」
あたしはその声に振り向いて、2人の側を離れた。
拓真君も葉月さんと話していたらしく、肩を叩かれてこちらに向かってくる。
だけど、あたしの目に入ったのは拓真君ではなかった。
「悠斗…?」
あれは、間違いなく悠斗。
…と、ミナ……?
ミナが悠斗の服のえりを引き寄せて、顔を近づけた。
こんなところで、何をしてるの?
「…唯ちゃん?」
そんなあたしに気がついたのか、拓真君も振り向いてあたしが見ている方向に視線を向けた。
そこでは、悠斗とミナが笑顔で何かを話し合っている。
「…行こ、唯ちゃん。撮影始まるよ。」
拓真君はそう言ってくれたけど、さっきのを見てなかったよね。
顔を近づけて、
キス、してなかった?
あたしの気のせいかな?
「唯ちゃん。」
あたしは拓真君に腕を掴まれて、やっと振り向いた。
「…うん、行こっか!」
そう言ったはいいものの
笑えなかった。
無理をしてでも、笑えなかった。