無理して笑うな




それからのあたし達は他の人達と同じように、葉月さんと栗田さんに監督されながら台本合わせをした。




「桜!?……何で泣いてるんだよ。」




ここは、ドラマの中で1番難しいシーン。



仲のいい美玲と陸に嫉妬した桜は、陸に別れを告げて海を見に来る。



そこへ陸が追いかけて来るのだ。




「…だ、だって…陸がここにいるなんて、夢みたいで…」




「ちょっと唯!あんたねぇ、もうちょっと感情を込めなさい。」




栗田さんの呆れた声にあたしは首をひねって唸った。




「だって…」




「だってじゃないのよ。本番、あなたはここで泣かなくちゃならないんだから!」




栗田さんはすっかり熱がこもった眼差しであたしを見つめ、葉月さんや拓真君はくすくす笑っている。




「はい、もう1度お願いします。」




「うん。」




拓真君は笑顔で頷いた。




「桜!?…なんで泣いてんだよ。」




「だ、だって…陸がここにいるなんて、夢みたいで…」




台詞を聞いて葉月さんと栗田さんが笑顔で頷いたのが見える。



拓真君もそれが見えたのか先を続けた。




「桜…誤解なんだ。美玲とは何もないんだよ…」




ここで陸は桜を抱きしめる。



今は台詞合わせだから演技はしないけど、あたしは抱きしめられながら陸の胸の中で泣き続けることになっている。




「桜、俺が美玲といたのは…」




「美玲ちゃんと、付き合ってるからでしょ」




あー…




桜、もっと素直になればいいのに。



役の中の人物にあたしはため息をつく。




「っ…違う!美玲には、相談してて…その…」




「なんの相談よ。」




「はい、OKよ。」



葉月さんがクールな顔で言った。



「ここからはキスシーンに繋がるところに入るわ。台詞より演技が第一のところだから、今日はここまでね。」




「「ありがとうございました。」」




そう言ってあたしと拓真君はふっと笑った。




「俺達、相性いいかもね。」




「それ思った!なんか自然だもんね。」




目の前にいる人が自分と悠斗をからかったあの拓真君だということは、すっかり忘れていた。



拓真君といると、いつも作っている笑顔を崩して自然な表情で話せる気がした。






< 96 / 135 >

この作品をシェア

pagetop