人魚の入江
放課後。
私は家に帰ろうと、靴箱へ向かおうとした。
すると、トントン、と肩を叩かれた。
振り向いた先には転校生──花沢良平が居た。
彼はにっこり笑うと、言った。
「ねえ、名前、なんていうの?」
「貝塚 美織、だよ。」
「美織さんか。よろしく。ねぇ、家はどちら?もし、方向が同じなら、一緒に帰らない?」
「こちらこそ、よろしくね。良平くん。
あぁ、私、足が悪くって。とても歩くのが遅いけど、それでもいいなら。」
「大丈夫だよ。」
彼は笑うと黙って私の靴を用意してくれた。
優しい人なんだなぁ。
帰り道を二人で黙ってゆっくり歩いていると、
良平くんが口を開いた。
「ねぇ、美織さん。」
「美織でいいよ。」
「じゃ、美織。いきなりだけど、美織は幽霊とかは信じる人?」
「え?幽霊...?さぁ、見たことはないけれど、いるんじゃないかなぁ...どうだろ。花沢君は?」
「俺も良平でいいよ。その呼び方、慣れないから。んー俺?俺は...さぁ、実は見えるんだよ。」
「えっそうなの!?」
驚きのあまり凝視してしまった。
「花沢君は...」
「良平でいいって。」
「良平は怖くないの?その、見えちゃって。」
良平はうーん、と首をかしげると、
「もう、慣れたって感じかな。てか俺ら陰陽師の家系でさ。悪霊払い専門ってトコ。それでなんだけど」
「何?」
しばし言いにくそうに口を結んでいたが、
良平は言った。
「俺、美織に何かの力を感じちゃって。それが何なのか判らなくて気になっててさぁ...美織さ、言っちゃアレかなぁ.....特別な.....こう、他の人に無い特技、とかないのかな?」
言葉を選びながら良平は問う。
「....実は私、声が聞こえるんだよ。」
「声?」
今度は良平が驚いた顔をした。
「うん。風とか木とか、自然の声が。実は今回、良平が来るのを風に聞いていたんだよ。」
「へぇぇ。いろんな力があるよなぁ...」
ウンウン、と
しみじみと噛み締めるように良平は言う。
「それと関係があるのかは、知らないんだけどね、私、足がどんどん悪くなっていくの。」
「と言うと?」
「声を聞く力が上がるのと反比例して足が悪くなっていくの。医者にはあと二年もしないうちに完全に歩けなくなるだろうって.....」
それを聞くと良平は難しい顔をした。
「そっか...ねぇ、関係があるかどうかは分からないけどさ、一つ気になることがあるんだけど、美織から、潮の香りがするんだ....気付いてた?」
え?
そんなの、全然分からないよ。
私は首を横にふった。
「なんか、関係があるのかな....私、海になんて行ってない。」
「そうか...」
良平はやはり難しい顔をして何かを考えているようだった。
そして、私たちは別れて別々の家路についた。