グレープフルーツを食べなさい
「気分良さそうね、よかった」

「やっとお天気になったからね。窓からの景色が気持ちいいわ」

 湾を挟んで対岸に美しい山々を臨むこのホスピスは、晴れてさえいれば病室からの眺めもとても素晴らしい。窓から入り込む潮の香りが、病院特有の消毒液の匂いを消してくれるようだ。

 どうか母が日々心穏やかに過ごせますように。その一心で私が探し出した。

「もうすっかり夏ね。そういえば浴衣はちゃんと虫干ししてる? 今日みたいによく晴れた日にするといいわよ」

「そうね、帰ったらやっておくわ。……今年も着る機会があるかはわからないけど」

 私の返事に母は少しだけ視線を落とした。紫の生地に薄い黄色から白のグラデーションの百合を散らした浴衣は、和裁師である母からの結婚祝いの品だった。

『これを着て鳴沢さんとデートに行くところ、母さんにも見せてね』

 そう言って母から浴衣を送られた時は、私も幸せの絶頂にいた。

 ずっと私を女で一つで育ててくれた母は、私の結婚を心から喜んでくれた。でも母に浴衣を送られてすぐに鳴沢さんの浮気が発覚し、そのまま私は彼と別れてしまった。

 結局私は、浴衣に一度も袖を通していない。


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