グレープフルーツを食べなさい
 病院から帰ってすぐ、私は母に言われたとおり箪笥から浴衣を出し、ベランダのサッシを開け、カーテンレールにハンガーに掛けた浴衣をつるした。

 このところ晴れの日が続いていたので、外からからりと乾いた爽やかな風が入ってくる。私はソファに腰掛け、随分長い時間、風に煽られ時折ひらりと舞う浴衣を見つめていた。

 浴衣の向こうに、病室の母の顔が浮かび、心が塞ぐ。

 母もあんなに喜んだ結婚を、相手に否があるとはいえダメにした。かといって母が元気にしている間に花嫁姿なんて到底見せられそうにない。

 たぶん母は、自分の病気のせいで私が今の会社で仕事を続けなくてはならなかったことを私よりも気にしている。そして心の中では、安心して娘である私を託すことのできる誰かを、ずっと待ち望んでいるはずだ。

 私が選んだ過去は、本当に正しかったのだろうか? あの時、自分を曲げてでも鳴沢さんを受け入れるべきだったの?


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