グレープフルーツを食べなさい
 本当は私だって、母の望みを叶えてあげたかった。

 愛する人と結ばれて幸せな自分を見せてあげたかった。

 母のことになると私は、どうしようもないくらい心が揺らぐ。滲んできた涙を指で拭ったその時だった。

 控えめに玄関のドアを叩く音がする。立ち上がりドアフォンの画面を確認すると、ドアの向こうに仏頂面で佇む上村がいた。

「……なあに、突然」

「飯食いに来ました」

「また?」

 顔をしかめる私を無視して、上村はずかずかと部屋に上がり込んでくる。

「はい、おみやげ」

 そう言ってスーパーのビニル袋を私に押し付けた。


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