グレープフルーツを食べなさい
「1年に数回こうやって浴衣を風に当てるの。こうすると長持ちするのよ」

 床に広げた風呂敷の上で、丁寧に浴衣を畳む。新しいたとう紙を取り出し、浴衣を仕舞った。上村はその様子を興味深そうに見ている。

「先輩って年のわりに色んなこと知ってますよね」

「これは……、母が和裁師やってたの」

「ああ、それで」

「この浴衣、母からの結婚祝いだったの。母はこれを着て私が鳴沢さんとデートに行くの楽しみにしてた」

「……叶わなかったわけですね」

「まあね」

 それきり、上村はもう何も言わず、ソファから外の景色を眺めていた。

 私の苦い過去の話に気を遣って黙っていてくれたのか、それとも端から興味などないのか。

 無表情の上村からは、何も窺い知ることは出来なかった。


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