グレープフルーツを食べなさい
 ドアが閉まったことを確認して、ベッドの母へと視線を戻す。母の寝顔を見つめ、はあっと大きく息を吐いた。

 今まで何でも一人でやってこれたのに、母の病状が急変したと聞いた途端、私はぼろぼろになった。私に冷静さを取り戻してくれたのは、たまたま側にいた上村だ。

 でも、これ以上上村のことを頼りにしちゃダメだ。

 私には、誰もいない。この不安を打ち明けられる人なんて、誰も。

 死んだように眠る母と二人きりのこの病室で、母を失うことへの恐怖が再び波のように押し寄せてきた。不安に押し潰されそうになる。

 両手できつく握り締めた母の手を額にあて、私は祈るように目蓋を閉じた。

 ―――その時、握り締めた母の人差し指が、微かに動いた気がした。


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