グレープフルーツを食べなさい
 その時、頬に触れていた上村の指が私から離れ、上村は両腕で私を包み込んだ。息が、できなくなる。

「それでも私は誰かに縋って生きたくないの。一人で立っていられるようになりたい」

「それで……先輩は寂しくないんですか?」

 上村は私を抱きしめる腕に強く力を込めた。上村の体温を全身で感じ、強張っていた体から少しずつ力が抜けていく。頭では「ここにいてはダメだ」と思うのにどうしても体が動かない。

 このままじゃ、あの日心に蓋をして押し込めた感情が、再び溢れ出してしまう。そんな私の必死の葛藤を、上村はいとも簡単に押し流した。

「俺にはもっと吐き出していいんですよ、先輩」

「う……っ」

 上村の優しい言葉と体温に心と体の緊張が解けて、ついに本音が零れ落ちた。

「……寂しい。母さんを失うのが怖い。本当は一人になりたくない……」

 上村は私の顔を持ち上げると、涙で濡れたまつげにそっとキスをした。それが合図となり、私を覆っていた最後の鎧がポロポロと剥がれ落ちていく。


 たとえ一夜だけでもいい、この苦しみを上村が忘れさせてくれるなら。



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