グレープフルーツを食べなさい
 会社帰りのバス停で、到着したバスを見上げてため息を吐き出した。まるで朝の通勤ラッシュのような人の多さだ。

 バスの中は暖房が効きすぎていて、ウールのストールを巻きつけた首筋に汗が滲む。それでもいつもは平気なのに、私は珍しく人に酔った。

 ひどいめまいがして、家の近くのバス停にたどり着くまで目を瞑り、私は必死でつり革を握り締めていた。

 きっとずっと眠れていないから、そのせいだろう。今日くらいはぐっすり眠れたらいいのに。

 母のことをきちんと受け入れられたら、私は眠りを思い出せるのだろうか。

 一人の家に帰ると、あの月夜の母の姿が脳裏に蘇っていつまでも消えない。

 母が近くにいないことが、ずっと不思議でならなかった。


  ――でもその時は、突然訪れた。



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