グレープフルーツを食べなさい
 そう呟いて、もう一度鏡を覗きこんだとき、それは突然舞い降りて来た。

「かあ……さん?」

 呼びかけても、答えてくれるわけじゃないのに。気づけば母を呼んでいた。

 ……もしかしたら、これは母からの最後の贈り物なのかもしれない。それは徐々に、確信へと変わっていく。

「うっ……、母さん!」
 
 私は、その場に膝をつき泣き崩れた。

『涙はもう出ない』そう思っていたのに、涙は枯れることなく私の中から溢れてくる。

 泣いて泣いて、時間も場所も何もかもが曖昧になるほど泣き続けて、真冬の空が白み始める頃、ようやく私は眠りに落ちた。

 それは久しぶりに訪れた、安らかな眠りだった。


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