グレープフルーツを食べなさい
 「タン!」とキッチンの方から思い切りのいい包丁の音がして目が覚めた。

 目を開けると、私はきちんとベッドの中で眠っていた。泣きすぎて、頭が痛い。まだふらつく体で、ベッドから抜け出した。

 寝室のドアを開けると、あの香りが漂ってくる。

 酸っぱくて苦い、それなのにほのかに甘いグレープフルーツの香り。

 どうしても欲しくて、私はそれに手を伸ばす。

「先輩……起きた?」

 足音に気付いた上村が、私を振り返った。

「上村、またグレープフルーツ?」

 笑ったつもりだったのに、久しぶりに私の部屋に居る上村の姿を見て、ほろりと一粒涙が零れた。

「……ごめんね、上村が寝室まで運んでくれたの? 重かったでしょう」

 上村は包丁を置き、体を私の方に向けると、眉間にしわを寄せた。

 どうしたんだろう? なんだか上村、怒ってるみたいだ。

「ちっとも重くない、軽すぎるよ。先輩、ちゃんと飯食ってたの?」

「ああ、あんまし……」

「あんましじゃないよ。前にも言っただろ。どうしてしんどい時にちゃんとしんどいって言わないんですか」

 真剣な上村につい吹き出してしまう。こんなに一生懸命な上村、今まで見たことがあっただろうか。


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