グレープフルーツを食べなさい
 上村のグラスの氷が溶け落ちて、カランと音を立てた。

 自分の本心を見破られたような気がして、私は誤魔化すようにウーロン茶を飲み干した。

「それにしても、婚約までしていてそんなにあっさり引き下がるなんて、先輩はやっぱりお人好しですね。……自分だって苦しんだでしょうに」

 上村が話しの矛先を変えたことに安堵する。

「確かに苦しかったけど、でも私はそんな善人じゃないわ。彼に対して腹も立ったし、相手の女の子のことを恨みもした。それでも、子供のことをないがしろには出来なかった。だって子供はもうこの世の中に存在しているのよ。その命を脅かすようなこと、私には言えないわ」

 そう、問題は初めから、私と彼と彼女だけのものじゃなかった。

 子供の存在がある以上、私は諦めるしかない。

 私は最初から、蚊帳の外だったんだ。


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