グレープフルーツを食べなさい
「それじゃあ、お先に」

 私は、上村を自動ドアの前に置き去りにして玄関ホールを抜け、ちょうど降りてきたエレベーターに急いで駆け込んだ。

 私以外に乗る人は誰もいないようだ。

 5階のボタンを押してドアを閉じようとしたら、誰かが外の『開』ボタンを押して乗り込んできた。

「どうして俺のこと置いて行くんですか。同じフロアなのに」

「だって……面倒くさいから」

「なんですか、それ」

 上村は面白くなさそうな顔で『閉』のボタンを押した。エレベーターが重力に逆らい上昇を始める。

「先輩、今日は金曜日ですね」

「そうだけど、それが何か?」

「金曜だから、先輩は定時で帰るでしょ。今夜、行ってもいい?」

 あれから、上村は何かと理由をつけて私の部屋へやって来るようになった。

 金曜日は、私が私が定時で上がり、母の病院へ行くことを知っているのだ。

 いつの間にか私は、上村に生活パターンまで把握されつつあった。

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