忘れた
「よく分かんねえけど、急いでるんだろ? 走ってる東が見えたから」


自転車のペダルを漕ぎながら、早水は言う。


勇介より、少し低い背中。


勇介より、クルクルしてない髪の毛。


勇介より、細い体。


あたしは早水に触れないように、必死でバランスを取っていた。


だってあたし、早水の彼女じゃないから。


早水のおかげで、あっという間に駅に着いた。


「ありがとう、早水。 この貸しは今度返すから」


あたしがそう言うと、早水はニカッと笑って言った。


「覚えとくよッ」





病院に着いたのは、夜の7時半。辺りは真っ暗だ。


あと30分で、面会時間が終わってしまう。


あたしは急いで勇介の病室に向かった。


コンコン、とドアをノックする。どうぞ、と愛しい人の声がした。


あたしは少し緊張しながら中に入った。

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