忘れた
コンコン


唐突に、乾いた音が看護婦の寺本さんの来訪を伝えた。


「点滴交換しますね」


寺本さんが作業する間、俺は窓枠越しに、懐かしい外の世界をぼんやりと眺めていた。


「今日は午後から雪が降るんですってね」


俺は、へえ、と適当に相槌を打つ。寺本さんの柔らかな声が耳に心地よかった。


「そういえば、今日も来てましたよ。あの、背が高い女の子」


俺は耳を疑った。背の高い女の子といえば、奈緒しか思いつかない。


「ど、どこにですか?」


「受付カウンターを通って行くのをよく見かけるんですよ。3日に一度、くらいかな」


うそだ。


俺はこの1ヶ月、奈緒に会っていない。


愕然とする俺の様子に、寺本さんは困ったように微笑んだ。


寺本さんが病室を出て行ってからも、俺の頭の中は奈緒でいっぱいだった。


いやまてよ。


奈緒は他の人のお見舞いに来ただけかもしれない。


いやいや、それなら俺の病室を避けるのは変だ。


いやそんなことより、こんなにも奈緒に執着してる俺が1番変だろう。

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