忘れた
「前まで? え、なんで?」


『それは……勇介の……元カ……』


珍しく言葉を濁す奈緒。


いつもは思ったことを何でも話してくれていたはずだ。


いつも?


いったいいつのことだ。


『あたし、あのね。あたし』


奈緒は何かを決心したようだった。


『あたし、まだ勇介のこと、好き』


"スキ"


その言葉が引き金になった。


思い出、経験、それをひっくるめた記憶たちが、物凄い勢いで頭の中に流れ込む。


遠くで、奈緒の声がする。


奈緒が俺を呼んでいる。


今すぐ、会いたい。


「奈緒……」


視界がぼやけ、まばたきと同時に大粒の涙がこぼれ落ちた。


「奈緒、今すぐ会いたいんだけどッ」


電話口から聞こえるのは、戸惑うばかりの奈緒の声。


と思ったら、プツ、と電話が切れた。興奮して自分で切ってしまったらしい。


俺が奈緒のもとに駆けつけられたらどんなにいいか。


今までごめんな。


何でこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう。

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