綺麗なままで
  それから、病院の食堂や喫茶店は一人きりの時は使わず、飲み会もできる限り断った。彼から個人的な話をされる機会を減らして時間稼ぎをすれば、そのうち私のことは諦めるだろうと思っていたのだけれど。

 どうしても出席しなければならない忘年会でのこと。一次会の最中にさりげなく抜け出したつもりだった。

「清水さん、やっと追いついた……」

 駅構内で地下鉄待ちの列の中、スマホで電子書籍サイトを覗いていた私に、突然声がかけられた。

 黒いトレンチコートを着た魚住さんが、肩で息をしながら近づいてくる。

「……どうしたんですか? まだ二次会がありますよね?」

「そういう清水さんだって」

 悪戯っぽく笑う彼には、私があえて避けていることなどお見通しだったに違いない。

「私は明日、用事がありますから。魚住さんがいないと、二次会が盛り上がりませんよ。戻った方が……」

「いや、このチャンスを逃したら、清水さんはまた僕を避ける」

 私の言葉を遮り、いつもより強めの口調で言われた。やっぱり、気づかれていたんだ。

「でも、私は……」


『一番ホームに、新さっぽろ行きが到着します……』


 地下鉄が走る、ひゅんひゅんという音と共にアナウンスが流れ、私の声がかき消されてしまった。


 結局、地下鉄駅から私の家まで送ると言い張る彼を振り切ることもできず、並んで座り、駅からの道を二人で歩いた。

 シャーベット状だった雪がアスファルトに凍り付いてしまい、でこぼこで歩きにくい。いつもだと五分ほどの道のりが、この日はずっと遅くなった。

「清水さんって、一人暮らし?」

「そうですけれど……」

「あ、大丈夫。いきなり家に上がり込もうなんて考えていないよ。実家も札幌なのに、一人暮らしなのはどうして?」

「職場の近くに住みたかったのと、大学時代から一人暮らしだったので自然に……」

「ふうん。ご両親とか寂しがらない?」

 矢継ぎ早に質問されて、しかもあまり答えたくないことばかりだったので、ちょっと困らせてみようと思った。
 それでも、彼の顔を見るだけの勇気はなくて、下を向いたまま。
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