綺麗なままで
「私には父がいないのです。亡くなったと聞いていますが、本当かどうかもわかりません。母はシングルマザーで、水商売をしながら私を育てました」
さあ、どう出るだろうと彼の言葉を待っていたら、予想外の反応が返ってきた。
「清水さんのお母さんって、一人で立派に稼いで子育てした凄い人なんだね。うちのお袋に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。親父に依存して生きてるから」
「え? ……そう、なんですか」
「専業主婦歴三十五年。買い物も、旅行も、ウォーキングも、趣味の社交ダンスもずっと親父と一緒。だから親父が倒れた時から、お袋は自分の趣味も何もかも失ってしまったんだ」
「魚住さんはそれもあって、実家に戻られたのですね」
「まあね。一人っ子だし、いずれは……って思ってたけど、こんな事ならもっと早く戻って、お袋の独立をサポートすべきだったよ。親父が死ぬ前に、お袋の方が死にそうな顔をしてる」
何と言っていいのか、言葉に詰まってしまった。私が彼の反応をうかがっていたはずなのに、いつの間にか彼のペースに嵌っている。
「ねえ清水さん、真面目な話、僕の事どう思う?」
「……どうって、どういう意味ですか?」
彼は立ち止まって、私の正面でこう言った。
「ここでは主に『彼氏にしたいか、遠慮したいか』で考えて欲しいな」
「ずいぶん、ストレートですね」
まさか、二人きりで話し始めてすぐ、こんな話題になるとは思ってもみなかった。
びっくりして隣を歩く彼の顔を見たら、向こうも私を見下ろしながら言った。
「まだるっこしいことをしている時間が勿体ないんだ。あとどの位、親父が生きていられるかわからないし」
暗くてはっきりわからないけれど、その時の彼の表情は、歪んで見えた。
結局、彼の熱意に根負けして……と言いながら、私自身も彼の人柄に惹かれて付き合いはじめた。お互い仕事が忙しいのと、彼のお父さんのこともあり、休日の昼間、ショッピングやドライブへ行く程度のお付き合いだったけれど。
そんな時、珍しく母からメールが届いた。そういえば、最近全然会ってなかったし、一応子どもの事を心配してくれているのだろうかと思ってメールを開いてみると。
『悪いけど、保証人になってくれない?』