綺麗なままで
 母の店の経営が危ういのだろうか。

 保証人だけは絶対になるな、と教えた母が、あえて私に保証人になれと言っている。

 会って直接話をしなくてはならないと思い、仕事が終わってから店に行くとメールをすると、すぐに返事が届いた。


『実はすぐそばにいる。三○○三号室』


 三○○三号室……うちの病院の外科病棟の個室。

 胸騒ぎがする。

 その日の仕事を終えて、急いで病棟へ向かった。


「忙しいんでしょ? とりあえずこれに印鑑とサインをお願い」

 病室に入って、私が声をかけるより先に、母がそう切り出す。手渡されたのは『入院承諾書』だった。サイドテーブルで『保証人』の欄に必要事項を記入しながら尋ねる。

「病名は?」

「何だと思う?」

 病院貸し出しのパジャマに身を包み、ほぼすっぴんになっている母の様子をその時はじめて見つめる。

 ……目が、白目が黄色い。

「……胆管結石、とか?」

「だったらいいけどね」

「違うの? じゃあ……」

 言いかけてやめた。手術が必要な、黄疸が出る病気で真っ先に思い浮かんだのが、本当は違う病名だった。

「解るでしょ? 多分あんまり良くない話だと思うけど、家族には説明しないとならないらしいから、一応聞いといて」

 こんな話だというのに、母の口調はまるで『帰りに卵と食パンを買ってきて』と言っているのと同じような軽さ。だから私もあえて軽く。

「うん。何か必要なものはない?」

「そうねぇ……友達、かな」

「それは自分で連絡して来てもらえばいいでしょ?」

「あ~、ダメダメ。誰かに聞かれても内緒にしてよ。お店の子達にだけはその『胆管結石』って言っとくわ」

 笑いながら頭や首筋を掻いている母の様子を見るにつけ、嫌な予感が胸の中でどんどん膨らむのを感じた。


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