綺麗なままで
 
 母とは反対に、地味でメイクも手抜きな私は、母に会う度に同じことを言われ続けている。

 私も本当は言い返したい。お母さんだって、自分の歳を考えてよね、とはさすがに怖くて言えないだけだ。

「わかってるってば。お母さんは病院なんだからお化粧しちゃダメだからね」

「残念。せっかく買ったから早く使いたいのにな~」

「退院したら思う存分できるから」

「じゃあ、その時はおそろいメイクで外に出ましょう。約束だからね」

「私もメイクの研究しようかな。つけまなんてしたこともないけど、挑戦してみるよ」

 普段、時間がなくて適当なメイクになってしまう自分への戒めも込めて、そう言ってみると。

「ねえ、もしかしたら、彼氏が出来た?」

 そう問われて、一瞬動揺した私を母が見逃すはずもなく。

「やっと美代にも春が来たか~。手術が終わったら会わせなさいよ!」

 ニヤニヤ笑って、肩を小突かれた。

「どんな人なの? イケメン?」

「……作業療法士仲間。イケメンかどうかは、好みがあるから何とも言えないよ。でもね、優しくていい人であることは確か」

「いっちょまえにノロけちゃって~。会える時が楽しみだわ。それじゃあ、可愛い娘の初めてのお付き合いを応援するために、つけまつげの上手な活用法を仕込んであげる」

 結局、ベースメイクから丁寧に指導され、私の顔は『お店での母』そっくりになった。

「ちょっとお母さん!! これじゃあ出勤前のチーママじゃないの!! 外に出る時はもうちょっとナチュラルにするからね」


 手術への恐怖心など微塵も感じさせずに、母はずっと笑っていた。

 手術室へ行く直前まで、笑っていた――。



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