綺麗なままで
「お母さんって、綺麗だよね。似てるって言われてたけれど、私よりずっと美人で、羨ましかったんだから」
母の髪の毛をそっと触ってから、メイクが施され美しく整えられた顔を静かに見つめる。
憧れと、嫉妬と、時に嫌悪と甘え。
色んな感情が複雑に入り乱れて、母と距離を置いた。それでも私は、いつも心のどこかで母を意識し続けた。これから先も、きっとそうだろう。
……気が付くと、窓の外がうっすらと明るくなっていた。ドアをノックする音が響き、少し緊張した声で呼びかけられる。返事をすると、魚住さんがそっと部屋に入ってきた。
「見てください。きっとびっくりしますよ」
彼から何か言葉をかけられる前に、まず見て欲しいと思った。
「……本当に、綺麗だね。今にも目を覚まして笑ってくれそうだ」
「魚住さんは、すっぴんの母しか知りませんものね。ついさっきメイクが終わりました。外科病棟の高崎さんと美香ちゃんが処置してくれて。あとは自分でやりますからって……」
霊安室のテーブルに並んだ新品同様の化粧品とヴァニティケースを見て、魚住さんが尋ねた。
「これは、清水さんの?」
「いいえ、母が自分で用意したんです。私にも同じものをくれて、おそろいにしたくて買ったと言っていました。でも母の本音はいずれこうなることを予想して準備したのでしょうね」
「どこまで知ってたの?」
「根治治療が不可能ということまで。手術も最初、治らないなら受けないつもりだったらしいです。バイパスで黄疸が消えるって解って、やっと了承してくれたのですが……」