ひとひらの雪
やがて一頻り話し終え静寂に包まれた病室。蝉の声を聞きながら、一呼吸おいて再び口を開く。
「へへ…思ったよりも元気そうで良かった。お医者さんがね、『若いから順調に回復すれば二月には退院出来るだろう』って言ってたよ。」
「僕達、待ってるから。ゆっくり怪我治してねぇ。」
晴流はとても嬉しそうで、二人も一緒に微笑んだ。
「…そういえば、奈々ちゃん遅いねぇ。」
しばらくして琥太郎の口から出た一言に雪姫はハッとした。
「ついでにトイレにでも寄ってるんじゃないかな?わたしも行ってくる!琥太郎、その間晴流とボーイズトークでもしててーっ」
「ガールズじゃなくて!?」
病室を出ると雪姫はトイレには寄らず、真っ直ぐ水道へと向かう。予想していた通りそこにはしゃがみ込む奈々の姿があった。
「…奈々。」
一瞬ビクッと肩を震わせたが声の主が雪姫だと気づくとゆっくりと顔を上げた。大きな黒目は涙に濡れ、周りが赤く腫れている。
「雪姫…」
慌てて手の甲で涙を拭う奈々を雪姫はぎゅっと抱きしめた。そして小さな子どもをあやすようにポン、ポンと優しく背中を叩く。
「我慢なんて、しなくていいんだよ。」
その一言に、奈々は再び涙を零した。雪姫の肩に顔をうずめて。
「ごめん…もう大丈夫だと思ってたのに…っ。晴流くんを見たら…斗真(トウマ)のこと思い出して、笑えなくて…っ」
痛いほど伝わってくる奈々の気持ち。雪姫は彼女が落ち着くまで傍にいようと決めた。
──ピチャ…ン
蛇口から落ちた水滴の音がやけに響いて、雪姫の意識もまた、一ヶ月前に引き戻されていく。
もう一人の友──斗真を失った、あの日へと。