ひとひらの雪




「──涼子さん…っ」


 水溜まりを蹴散らし傘も差さずに走り抜けた先。インターホンを鳴らすのも忘れ雪姫は川瀬家の玄関扉を勢い良く開け放った。


 視界に映ったのは散乱した硝子細工と花瓶の破片、踏み潰された百合の花。いつも綺麗に整えられていた家は玄関の時点で既に滅茶苦茶になっていた。まるで泥棒にでも入られたかのように。


──やっぱり、何かあったんだ…。


 涼子の声は電話越しでも分かる程に震えていたから。奈々の行方を問われた瞬間嫌な予感がし、急いで駆けつけたのだ。


「涼子さん…っ!」


 室内に向かってもう一度振り絞るように声を掛けた。するとすこし間を置いてか細い声が返ってくる。


「……雪姫…ちゃん…?」


 リビングからフラリと現れた奈々の母・涼子は仕事帰りだったのかブラウスとビジネスパンツ姿のままで、その顔は真夏とは思えない程に蒼白だった。


 いったい何があったのか。そう口を開こうとした刹那、涼子は倒れ込むように雪姫にしがみつく。


「えっ、ちょ、涼子さ…」


 ずぶ濡れの自分と涼子とを交互に見やり焦るが、直後彼女の泣き声を聞きハッとした。その姿はまるで一年前、そして数日前の母のようだったから。



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