ひとひらの雪




──そう。吹っ切った、はずだったのに。


 意識は変わっても心は容易く変えられないのか。


 涙も止まり再び冷静になってきた奈々は自分の弱さに呆れてしまう。


「…雪姫、もういいわ。ありがと。」


 優しい温もりからそっと離れ、腫れた目を誤魔化す為に顔を洗おうと蛇口を捻る。


 一定に跳ね返る水音。今まで以上に華奢になってしまった背中を見つめると、胸に切なさが込み上げた。


「奈々。」


「…何?」


 お互い顔は合わせないまま、静かに問い返す。


「…奈々の想いはきっと伝わってる。だからわたし達の誰よりも、斗真のことを覚えていてあげてね。」


──それが今、精一杯出来ること。


 そう言われている気がして、奈々は思わず苦笑した。


「うん。」


 すぐに立ち直るなんて、無理だ。再び笑い合えるまでにはかなりの時間を要すのだろう。


 そしてその長い時間の中で、斗真という存在が風化してしまわぬように。


「…戻ろう。晴流くんのところに。」


「うんっ」


──今は強がりでもいい。いつか、本物の強さに変われば…。


 斗真の死がもたらした傷はとても深い。しかし彼らはけして、歩みを止めはしなかった。





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