ひとひらの雪
家の前に停めておいた車に乗り込むと、鷺沼は徐に口を開いた。
「…思ったより大丈夫そうでしたね、あの娘。つい先週通り魔に襲われて、今度は双子のお兄さんが殺されかけたのに。」
確かに、雪姫には恐怖や悲しみの色は見られなかった。母親の咲季は気丈に振る舞いながらも顔面蒼白だったというのに。
だが鳩山は、動き出した車窓を眺めながらそれを否定した。
「身内が傷つけられて大丈夫な訳がないだろう。気づかなかったか?あの娘の瞳、犯人に対する怒りで溢れてたぞ。」
今まで幾度となく見てきた、被害者遺族の憎悪の炎。雪姫の場合はもっとシンプルな"許せない"という想いではあったが。
──ああいう人間程、色んなものを抱え込んでるんだよな…。
「おかあさん、大丈夫?」
遅めの夕食を準備する咲季の顔色を見て、雪姫は恐る恐る声を掛けた。
「ええ。大丈夫よ。」
心配掛けまいと微笑むのだが力はなく、目に見えて疲労しきっている。
無理もない。祖父母の援助があるとはいえ女手一つで晴流と雪姫を育てているのだ。それに加えて立て続けの事件。疲れない訳がない。