ひとひらの雪




 容態の安定した晴流はベッドに身体を横たえたまま、真っ白に隔離された病室で聴取を受けていた。


「…犯人の顔は見ていないと?」


 刺された時のことは鮮明に覚えていながらも肝心な部分を否定する晴流に、鷺沼刑事は訝しがるように首を捻る。


「…はい。相手はフードで顔を隠してましたし、言ったでしょう。俺は去年の事故以来、左目の視力が著しく落ちてるんです。」


 十歩も歩かない内に渡りきってしまうような短いアーチ型の橋、その中腹。川面を眺めていた晴流の左側から犯人はやってきたのだ。


「うーん…。でも、特徴くらいは覚えていないかな。服の色とか、声とか、性別とか。」


「…黒いウインドブレーカーを着てました。それに…」


『──許す気は、ないから。』


 頭の中を反響するそれはあまりにも重く、怒気を帯びていて。


「…聞いたこともないような、とても低い声でした。」


 他はと尋ねる鷺沼から逃れるように、晴流は顔を逸らしあからさまに時計を見やる。


「…すみません。そろそろ検査の時間なので。」


 "出ていってくれ"とやんわり言っているようだった。



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