マザーズバッグ
始まりは終わり・・・
麻美のパート先は、昔ながらのお菓子の工場で、出来上がった菓子を袋詰めにする仕事だった。


結婚の際に勤めていた事務の仕事を辞め、専業主婦になったのだが、5年前に家を建てた時から住宅ローンの足しになるかと、家から徒歩10分の所にある、このお菓子工場でパートを始めた。

時給800円で朝9時から16時まで。
徒歩で通えるのと、子供のいる麻美にはちょうどいい勤務時間であった為、5年間このパートを続けていた。







徒歩10分。公園の横を通り抜けると左に工場が見えてくる。

いつものように麻美が公園を左に曲がろうとしたとき、ちょうど曲がり角に車が3台停まっているのが見えた。


何?この車?


セダンタイプの大きな黒い車が1台、同じく黒いワゴン車2台に挟まれる様に停まっていた。

いつもと違う雰囲気に、なんとなく違和感を感じた麻美は無意識に中を覗く様に歩いてた。
と、いきなり車の扉が開き、中から腕が延びてきて、ものすごい力で麻美は引きずり込まれた。


「きゃっ!」

ドサッとシートに手を付くように倒れこんだ。



え?!何っ?

驚いていると同時に1台のワゴン車から何か大きな物がドサッと落とされるのが見えた。
運転している男はそれを確認するとワゴン車をその場に残し急発進で車を出した。
それはもう、すごいスピードで。

え?!何が?何?

倒れこんだ麻美は訳も分からず無理やりシートに座らされた。

麻美は驚いて声に出せないまま、恐る恐る自分の腕を引っ張った男を見た。


何?誰?

麻美の手を引っ張っていた男は、全く見覚えのない男だった。

自分は何で車に乗せられたんだろう?
この車は何処へ向かっているんだろう?

「あの・・・」

一言声に出すのがやっとだった。
とにかく怖くて震えが止まらず、抵抗する事も逃げ出す事もできない。
ただただ、腕を掴む男をじっと見る事しかできなかった。


男は、車と同じ黒いスーツを着ていた。
ノーネクタイで白いシャツのボタンを2つ程外していた。
髪も黒く少し長めで、サラリーマンの夫と違う感じが普通の人ではない印象を受けた。

歳は多分、自分より下だろうと思ったが、妙に落ち着いた雰囲気で30代後半のような気がした。

「あの・・・」

それに続く言葉が出てこない。
全く見覚えがないのだ。
この男の事も知らないし、こんな風に連れ去られる意味も分からない。




連れ去られる・・・?


麻美の中で一つの言葉が思い当たった。



『拉致』



となると、この人は工作員なのか。



船とかに乗せられるだろうか。
行き先はやっぱり北朝鮮なのか。

麻美はテレビで泣いていた被害者の家族の人が思い浮かんだ。
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