マザーズバッグ
ダメだ・・・
何としても逃げなくては。
麻美は無理やり冷静になろうと勤めた。
隣にいる男にバレない様に小さく息を吐くと、軽く目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
そっと目を開くと恐怖は変わらなかったが、震えは止まっていた。
冷静に車の中の様子をうかがう。
運転手が1人。助手席に1人。
そして、今もなお手を掴んでいる男が1人。
車の中には3人の男がいた。
男たちはとにかく無言だった。
麻美を車に乗せてから、まだ一言も喋らない。
見た目からアジア人である事しか分からなかった。
何とか逃げる方法ないのか・・・
麻美はひたすら考えた。
多少怪我してもいいから、車から飛び出そうか。
そうなるとこの掴まれている手を何とかしなければならないし、
車のドアはロックされているだろう。
バタバタとしている間に逃げ出す術は無くなるだろう。
こうなったら手段は1つ。
思い付く方法はこれしかなかった。
麻美は覚悟を決めると、
「漏れそう。トイレ!トイレ!」
突然、大声を出して騒ぎ立てた。
念のため日本人でなかった場合も考えてジェスチャーで股を押さえる仕草もつけて、大袈裟に言った。
「オシッコ出そう。漏れそう。トイレ!トイレ!」
大人になってからこんな事で大騒ぎしたのは初めてだった。
かなり恥ずかしかったが、突然の非常事態にこれしか思いつかなかったのだ。
子供が小さいとき、車で出掛けると必ずこれを言われて困ったものだった。
近くのコンビニやトイレを借りれそうな場所を探し回った。
運が良ければ何処かで車停めてくれるかもしれない。
そしたら隙を見付けて逃げ出せるかもしれない。
僅かな望みをもって麻美はとにかく切羽詰まったふりをして子供のように男たちに訴えた。
「漏れそう。トイレ!トイレ!」
「分かった。」
腕を掴んでいた男は一言そう言うと、運転手に
「高林、アイツのマンション行ってくれ。」
無表情のまま指示した。
「分かりました。」
高林と呼ばれた運転手は前を見たまま返事をする。
今の流れで、この男たちが日本人であることは分かった。
そして、何となくこの3人の関係性も分かった。
腕を掴んでいるこの男がこの中で一番偉い(リーダー的な?)役割のようだ。
後ろ姿しか見えないのだが、3人の中ではこの男が一番若そうにしか見えないが、どうやらそうらしい。
それより、アイツのマンションって・・・
アイツって誰だろう?何処に連れて行かれるんだろう?
逃げ出す隙があるだろうか?
でも、逃げ出すチャンスはこれだ。
麻美は密かに覚悟を決めた。