失 楽 園
何もわからないふりをする
姉さんに苛立って、愛(いと)しくて、
僕は気付いたら姉さんを引き倒して、
白い腕を覗かせる袖を
上にずり上げていた。
「……傷ついてないなら、
なんで、こんなことするんだよ……」
露になった姉さんの二の腕。
そこには生々しい、
幾つもの紅い切り傷があった。
「これは……ちょっと、
痒くて引っ掻いちゃっただけで……」
そんなことを言うけど、姉さん。
目が、揺れてる。
僕は深く溜息をついて、
姉さんの上から退(ど)いた。
「引っ掻いたって
傷じゃないだろ、それ……!」
興奮する自分を落ち着かせようと、
額に手をあて
もう一度溜息を吐き出すが、
煮えくり返ったハラワタは、
さらに激しく
煮えくり返るばかりだった。
姉さんは、リストカットならぬ、
アームカットをしていた。
それも、ずっと前から。
正確にいつから始めたかは知らない。
でも、僕が思春期を迎える前から
始めていたのは確かだ。