ぶきっちょヒーロー
春
主人公
引っ越しの荷物を整理する手を完全に止め、20歳の私、中村万智はその手紙を読み返した。
13歳とは思えないほど、淡白で、冷たくて、大人ぶった文章に、思わず顔をしかめる。
私って、こんなんだっけ?
13歳といえば、中学1年生の頃か。中学1年生と言えば…、
(…、あぁ、なるほどね)
ちょうどクラスの女子から無視されて、登校拒否していた頃だ。幼い頃から真面目すぎる性格で、いわゆる“委員長”タイプだったわたしは、生意気な性格も災いして、周りからよく思われていなかった。
しかもアニメオタクで昔からの肥満体型とくれば、いじめの格好の餌食となる。
その内容は、無視されるとか、陰口を言われるとか、誰でも経験するような、今思えばしょーもないことだったけども、それでも、あの頃の私には大きな悩みだったのだ。
この手紙はそのいじめ期間が終わった頃に書いたものだったが、なんともひねくれていて、読むに耐えない。
あわてて他の手紙とまとめ、机の引き出しにしまおうとした…、が、やっぱりやめた。
お気に入りのキャラクターのイラストが書いてある箱を持ってきて、一番最初に入れる。
その上に他の手紙をそっとのせた。
このひねくれ手紙を書いた数年後に出会った人達からの手紙だ。
慎重に蓋をして、満足げに微笑み、荷造りを再開した。
毎日、それなりに充実していたと思う。
昔から、わりと器用だった私は、勉強も得意だし、イラストや、編み物もする。先生に怒られた記憶なんてない。いいこちゃん、だった。
体育だけはどうしてもだめだったけど、部活はテニス部に入ったりして、それなりに楽しんだ。
顔は悪くはない、と思う。でも、太っていたら、正直顔は関係ない。
デブ=フケツ。
中学生の感性なんてそんなもんだ。
そして、高くてキンキンのアニメ声。外見と合わなさすぎて何度も笑われた。
自分でも、この声が大嫌いだった。
もちろんおしゃれなんて興味ない。
クローゼットには白、グレー、黒の服しかない。
メイクの研究をするいっこ違いの妹の横で、マンガを読む日々。
そんな毎日は高校までつづいた。
そして、高校生3年生になったある日。いつも一緒の友達と話していたときだ。
「万智さー、声優とかならないの?」
「え?」
「アニメ好きだしさー、声かわいいしさー、向いてると思うよ」
「…」
正直にいうと、小さい時から、ずっと興味があった。
でも、言ったらバカにされそうで、ずっと言えなかった。
そんな私の背中を押したのは、幼い頃から大好きなとあるアニメの主人公のセリフだった。
『出来るか出来ないかじゃない。やるか、やらないかしかない。』
私の大好きなアニメ、“ストライク!!”。
少年漫画で、野球をテーマに、主人公の成長や、周りの人との関係を描いた作品だ。
かなりの長編で、巻数は60を超えていたが、単行本も、キャラクター名鑑も、名言集なども集めたほど、大好きな作品だった。
今にして思えば、熱血系で、まっすぐ、不器用だが、自分の気持ちに正直な主人公に、憧れていたのかもしれない。
そんな憧れの主人公にそっくりな『彼』に出会ったのは、私が両親に、自分の夢を打ち明け、とある専門学校に入ったことがきっかけだった。