臆病者達のボクシング奮闘記(第一話)
 昨日康平と梅田が廊下で擦れ違った時、康平は全く気付いていなかった。

「挨拶せんか!」

 怒鳴り声で康平はすぐに誰だか気付き、慌てて挨拶をした。この種のエピソードは毎年あるようだ。

 ボクシング部の二年生に康平と同じ中学の森谷がいた。着替えの時に康平がその事を森谷に話すと、彼は笑って答える。

「ハハハ、あれは梅ッチの部活用の正装なんだよ」

 梅田は、生徒間で梅ッチと呼ばれていた。

 オールバックに薄茶色のサングラス、金のネックレスにとても良く似合う竹刀は、梅田がボクシングに集中する為の必須アイテムのようで、練習の時には必ず変身する。

 共に年齢が四十過ぎの梅田と飯島は、現役時代に対戦したことがあり、一勝一敗のイーブンという噂だが真実のほどは定かではない。ただ、共に選手としての栄光は掴めなかったようである。


 康平と健太は、先輩達から先生の事を教えてもらったが、肝心のボクシングの方は構えしか教わっていない。今日も退屈だが辛い十ラウンドを迎える運命だった。

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