誇り高き




「蛤御門で、長州兵と会津兵が激突。戦闘が始まりましたッ!」




弾かれたように、紅河は振り返った。

「……始まったか」

静かな京の町に、大砲の音が響く。

「ゆくぞ」


きりりと顔を引き締めると、紅河は戦火へと身を投じる。

真っ赤な飛沫が上がった。

阿鼻叫喚の最中、ただ一人、悠々と戦場を歩く紅河。

彼女の放つ異様な気配に怯え、誰も近寄ることができない。

飛び交う銃弾さえも、傷付けることができない。

そこだけ、時間の止まったような。

凄まじい、覇気。

「もう終いか。戦は始まったばかりだぞ」

薄く笑うと紅河は、体を前に倒す。

その体勢のまま、紅河は凄い速さで走り始めた。

彼女が駆け抜けた後には、紅の華が鮮やかに舞っている。

「あれは………っ!」

一人の兵士が息絶え絶えに呟く。

「鬼……だっ……!逃げなければっ……逃げなければ………殺されるッ!」

その男の言葉を皮切りに、金縛りが解けた兵士達は散り散りになって逃げていく。

「そうだ、恐ろ、怯えろ。そして、逃げろ」

それが、今回の目的。

実力が釣り合ってる状態から、もう片方の圧倒的実力を見せつける。

そして、彼らはあの紅河の恐ろしい姿を忘れることが出来ない。

生じたのだ。

本来あるべき道に僅かな狂いが。

忍とは本来裏で事を操る者。

しかし紅河は、表で事を操った。

表で出るはずのなかった者が表に立ち、人々に鮮烈な記憶を残した。

それは、長く大きい道にとっては、ほんの僅かな狂い。

けれどそれは、大きな擦れとなって、後に辿り着く未来を変える事ができる。

「存在するべきでない者が存在し、死ぬべき者が生きている」

そういった出来事か積み重なって、不可能が可能に変わる。






< 185 / 211 >

この作品をシェア

pagetop