誇り高き

不意に、紅河の体がぴくりと動く。

「…………来る」

「「は?」」

のそりと起き上がると、紅河は顎をしゃくった。


「お前達は先に行け」

紅河の鋭敏な感覚は、向かってくる殺気を確かに感知していた。



少々、久坂に時間を取られすぎたか。

僅かとはいえ計画が狂ってしまった。

多少の狂いは計算のうちだが、早めに手を打っておいたほうが良い。

さて、どうするか。

素早く、頭を回転させている時。

がさりと藪が揺れる。


「……………速いな」

後ろを振り返れば、迷うような顔で久坂が立っている。

今逃げたところで間に合うまい。

高杉は打ち合わせた通りの場所へ向かったはずだ。

「早まるなよ……」

十分恵まれているのに。

それに気付かないこの男は、どうも死にたくて仕方がないらしい。

だが、死なれては困るのだ。

約束を、してしまったから。

「お前、土佐の坂本龍馬と知り合いだったな?」

「……?ああ」

「会いたがっていたぞ」

まだ、自分に会いたいと思ってくれる人がいる。

それだけで、十分なのに。

会える機会があるなんて。

本当に、ずるい。

会いたくても、逢いたくても。

私はもう、逢えないのに。

生きてさえいれば、いつでも機会がある久坂が羨ましい。

生きてても、逢えない私に比べれば。

お前は十分幸せだよ、久坂。

「下がっていろ、気を抜くな。逃げることだけを考えろ」








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