誇り高き
誰かを信じるのは、苦手で。
頼ることは、怖かった。
嘘は、平然と吐けたのに。
裏切りは、簡単だったのに。
そうやって、出来ないことから逃げて。
逃げて、逃げて。
…………いつの間にか、顔を見て話すことが、出来なくなってしまった。
互いに気まずく。
避け合うようになってしまった。
もう、何もなかった頃には戻れない。
傍にいるのが当然だった頃には、戻れない。
莵毬は、そっと紅河の背に近付いた。
その背に、自分の背を預けるようにして座る。
紅河も、そっと背を預けてきた。
背中合わせ。
これが、二人の今の距離だ。
近くに気配を感じていても、顔の見えない微妙な距離感。
互いに背中で探り合う、近くて遠い距離。
久し振りに重ねた背は、暖かく。
張り詰めていた糸が、緩む。
ほとり。
雫が落ちて、盃の中の酒が波打った。
瞬きをすると、頬に熱いものが伝う。
ああ、今自分は泣いているのか。
紅河は、自分の顔に手を当てた。
止めなく溢れた涙は、ほとほとと溢れ落ちる。
「……っ…」
嗚咽を噛み殺し、紅河は泣き続ける。
一度溢れたものは、簡単には止まらない。
涙を拭ってくれる、優しい大きな手は、もう伸ばされない。
合わせた背中も震えていた。
きっと彼も泣いている。
でも自分は、何もしてやれない。
「……っ…」
噛み殺した嗚咽は、余りに痛々しかった。
出来ることなら、抱き締めたかった。
その震える、小さな背を。
拭って、やりたかった。
白い頬に伝う、涙を。
でも、出来ない。
役に立たない拳を、握り締める。
視界が、ぐらりと揺れた。
違う、揺れたのは。
目に溜まった涙だ。
瞬く間に溢れ出た涙を、莵毬は乱暴に拭った。
幾度も、幾度も。