誇り高き
暫く目を閉じて、少し前の喧騒を思い出していた紅河は、目を開くとゆっくりと立ち上がった。

広間を出ると、跳躍して屋根に飛び乗った

そこには、先客がいた。

「莵毬」

「ここでは、山崎だ」

「別に、二人きりの時くらい良いだろう」

「二人きりの時だけだぞ」

「わかってる」

莵毬。

それは、山崎の___山崎丞の本当の名前。

彼は、紅河の前で京言葉でなく、東言葉を使う。

彼女が莵毬と呼ぶから。

「それにしても、お前が蜻蛉だったとは。気付かなかった」

「気付かれたら忍失格だ」

「生きて、お前と会うことはもう無いと思っていた」

その言葉に、一瞬紅河の瞳が揺れる。

「………そうか」

「お前が生きているかさえ、わからなかった」

紅河達の生まれた里は、隠密を徹底し。

住んでる者達でさえ、里の居場所を知らない。

ましてや、任務から解放され自由になった者に、まだ忍として活動している者の生死の有無を知る事は、大変困難だ。

「私も、莵毬が何処にいるか、生きているのかわからなかった」

言うなれば、ここで会えたことは奇跡に等しかった。

「暫く見ないうちに、強くなったな」

「……あぁ」

「昔から強かったが」

「何時も莵毬は、私に負けていた」

「幼い頃は、よく勝負をした」

幼い頃、小さな手で木片を持って、毎日勝負をしていた。

片時も離れずにそばにいた。

「何時の間に、離れ離れになったんだろうな」

「何時からだろうな」

ずっとそばにいたはずなのに。

何時の間にか欠けていた。

気付いたらいなくなっていた。

「どうしてだろうな」

「けれども」

紅河は月を見ながら呟く。

「私達はもう自由だから」

求め続けた自由。

それが、人を殺すことによって得たのでなければ、どんなに幸せだっただろう。

それでも、修羅の道に落ちても、自由になりたかった。

「最後の任務を終えた時、自由になれた気がした」

「求め続けた物が手に入って、そしたらもうどうでも良くなってしまった」

死のうが生きようがどうでもいい。

やっと自由になれたのだから。

それに、死ねば。

月の光の中で微笑むあの人に___母上に会える。

「なのに、莵毬に会って生きたいと思ってしまった」

まだ、死にたくないと願ってしまった。

こんなにも罪深い自分が。

「生きてても良いのだろうか」

「当たり前だ」

山崎は吐き捨てる様に言った。

「お前が、生きてはいけないならば、それは俺も同じだ」

紅河と同じ様に、沢山の人を殺し生きていた自分。

その中には、紅河の母親も含まれている。

其れなのに、俺はのうのうと生きている。

俺が母親を殺したことを知らず、其れを紅河に言わずに、そばに居続けた自分。

彼女よりも、罪深い。

「お前は自分が罪深いことを知っている」

人殺しなんかしたく無いと、里の長達は間違ってると憤っていた紅河。

暫く見ないうちに強くなった。

暫く見ないうちに……純白だった彼女は、誰よりも血に染まった。

「俺は、本当に身勝手だ」

親の様に愛してくれた人をこの手で殺し、愛した人の感情を殺した。

「けれども、願って良いか?」

あぁ、本当に俺は強欲だ。

「そばにいさせてくれ」

片時も離れなかったあの頃の様に。

「ならば私も願おう」

「もう……もう一人にしないでくれ」

其れは、紅河の切なる願いだった。

そして、其れは山崎への返答だった。

そばにいて良いと。



夜が明ける。

やっと二人の間にも光が指した。










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