誇り高き
翌日。
非番だった紅河は、斎藤に誘われ町を歩いていた。
「時に紅河。女は何を貰ったら嬉しい?」
「……はい?」
「だから、女は何を貰ったら嬉しい?」
「不躾な質問ですが、何方か気になる方でも?」
紅河はちらりと斎藤を見上げる。
彼は、硬派と言う言葉が相応しいく、色恋沙汰に興味が無いと思っていた。
意外だな、と紅河は思う。
だがまあ、彼は端正な顔立ちをしているし、気になる人や恋仲がいても可笑しくは無い。
「いや、そう言うわけではない」
斎藤は全く読めない。
紅河は、胸中嘆息をついた。
「では、何方に贈るのですか?」
「姉だ」
「家族の事でしたら、斎藤さんご自身が一番よく分かるのでは?」
紅河はかなり投げやりである。
「昨日初めて姉の存在を知った」
そんな事情知るか。
紅河は、顔が引き攣らないよう必死で堪えた。
頼むからもう少しまとめて話をしてくれ。
「其れで、挨拶代わりに何か贈ってやれと父に言われたのだが…」
「……何がいいのか全くわからん」
「其れで、私を買い物に誘ったのですか」
「あぁ。……迷惑だったか?」
勿論だ。
何故、折角の非番に欲しい物があるわけでも無いのに、町に出なければいけないのか。
しかし、言うわけにもいかないので、紅河は心の中で愚痴るに留めた。
「いえ、迷惑ではありませんよ。しかし、そう言う事でしたら、女慣れしている方に頼んだら良かったのでは?」
「む…」
何がむ、だ。
基本、紅河は出掛けるのが好きではない
。
面倒臭いのだ。
其れでも、斎藤の頼みを断り切れず、此処まで来た。
其れなのに、この斎藤の煮え切らない返事
紅河はかなり苛々していた。
「どんな人かもわからないのですね」
「うむ」
「分かりました。私の知り合いの店でよければ案内します」
「頼む」
さっさと買って、さっさと帰ろう。
腹を据えると、紅河は先程の怠そうな動きとは打って変わって、きびきびとした動きで歩き始めた。
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大きな通りから外れて、少し。
紅河と斎藤は目的の店に着いた。
大きな暖簾を潜って、紅河が店主を呼ぶ。
「宇治(うじ)」
「おや、紅河はんやないですか」
出ていたのは、鯉の描かれた着流しを粋に着こなした、細身の男性だった。
「珍しいこともありますなぁ。紅河はんが日の明るいうちに来はるなんて」
「知り合いの付き添いだ」
宇治は紅河きら斎藤に視線を移した。
「これはまた、男前なお方ですなぁ。紅河はんの恋仲なん?」
「付き添いだと言っただろう」
「冗談くらい軽くながしてな」
「……宇治。私達は買い物に来たんだが」
「ほんなら中お入りください」
店の中は沢山の反物や小物で溢れている。
其れらの全てが高級品であることは、一目でわかった。
「まだ、名を言うてはりませんでした。
宇治いいます」
「斎藤一だ」
紅河は勝手にお湯を沸かして、茶を飲んでいた。
「……紅河はん。此処はあんさんの家やないて言うてはりますやん」
「私の事は気にしなくて良い」
「ほんま自由な人やなぁ。……其処の引き出しに団子が入ってるさかい、お好きに食べてください」
宇治は一応文句を言うが、気にしていないらしい。
彼は、斎藤に向き直った。
見定めるようにじっと見る。
その鋭い目つきに、斎藤の背中に冷たい汗が流れた。
ゆるりとした店の雰囲気が、ぴんと張り詰めていく。
___この男、何者だ?
一介の商人には思えない、視線の鋭さ。
宇治と斎藤は暫く見つめ合う。
先に視線を外したのは宇治だった。
彼は、視線を外すとふっと笑みを浮かべる
「ほんなら用事を伺いましょか」
「あ、あぁ」
斎藤には、宇治が全く読めなかった。
紅河は大分信用しているようだが。
斎藤は少し警戒しつつ、先程紅河にした話を繰り返した。
「其れで、斎藤はんはうちに選んで欲しいと?」
「頼む」
「なら、幾つか候補をだしましょ。その中から斎藤はんが選んでください」
宇治はてきぱきと机に小物を並べていく。
其の途中で、いつの間にか寝ていた紅河に羽織りを掛けた。
「こんなもんでどうでしょ?」
櫛や簪、匂い袋、巾着。
どれも趣味の良い物ばかりだ。
斎藤は暫く悩んだ結果、櫛と巾着を手に取った。
「此れと此れで頼む」
「上品な物がお好きなようですなぁ。今包むさかい、茶でも飲んで待っといてください」
宇治が示した方では紅河が気持ち良さそうに寝ている。
……随分と無防備だな。
起こさないように、そっと近づくと紅河がぴくりと動いた。
そろそろと頭を上げて、紅河が起きる。
「ん……?斎藤、選び終わったのか」
「あぁ。……済まんな、折角の非番に」
寝起きで、紅河の声は僅かに掠れていた。
「其処は、言葉が違うだろう」
「ありがとう」
紅河はくすりと笑った。
「私は連れてきただけだがな」
「紅河はん。起きはったんです?」
風呂敷で包んだ品を、斎藤に渡しながら宇治が言う。
「羽織り、ありがとう。選び終わったのなら、帰るぞ」
「代金は幾らだ?」
宇治はにやっと笑った。
「今回はただにしときまひょ。…その代わり、ご贔屓にしてください」