誇り高き
「だが……」

「あんさん、意外に不粋やなぁ」

江戸っ子は、不粋と言われるのが我慢ならない。

そして、斎藤は江戸で暮らすうちに、その気質を身につけていた。

「わかった」

「ではな、宇治。また来る」

「お待ちしております」

紅河は立ち上がる。

次の瞬間、紅河の膝がかくんと折れた。

前のめりに倒れる彼女を、咄嗟に宇治が抱きとめる。

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「……紅河はん?」

「紅河?大丈夫か?」

紅河は、宇治の体を押すと今度はしっかりと立った。

俯いていて、その表情は分からない。

「……寝ぼけてた、だけ。心配ない」

本当に其れだけか。

斎藤の額に皺が寄る。

その気配に気付いたようで、紅河は顔を上げた。

「本当、だよ。……行くぞ」

紅河はすたすたと歩いて行く。

それ以上は、言えず斎藤もその後ろに着いて行った。

店の外に一歩踏み出したところで、紅河は何かを思い出したかのように、振り返った。

振り返りざまに、礼だ、と言って懐から出した包みを投げる。

片手を振ると、紅河は今度こそ出て行った




「あんさんが、寝ぼけて倒れるわけないやろ」



宇治が一人呟いていたのを、紅河は知らない。






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